ILLUSTRATION NOVEL #05

「メリークリスマス」は、愛し、愛される者にのみ許された言葉だ。
暖かい家で、心を許し合った家族や仲間と交わす、深い絆を前提とした言葉。
だから、きっと私には似合わない。

冬のベルリンの空は、低く、重い。
今日はとりわけ湿度が高く、今にも降り出しそうな気配だった。
荒れ果てたベルリン市街。
こうして地上に立つと、いかに人類がD2に対し、なすすべのない戦いを強いられてきたかがわかる。
満足に営業している店などなく、ボロ布を屋根代わりにした露店が精々。横倒しになった車が道をふさぎ、崩れた民家の庭先には焼け焦げたベビーカーが転がっていた。
かつてのベルリンなら、今頃クリスマスマーケットで大変な賑わいだったはずだ。
道には人が溢れ、肉汁たっぷりのブルストにかぶりつき、競うようにビールジョッキを空にする姿があちこちで見られたと聞いている。
だが、今はただ、肌にまとわりつくような、不快な風が吹き抜けるだけ。

私はこうして、定期的に地上へ出て、この惨状を目に焼き付けるようにしている。
平和が蹂躙される悲しみや、人々の苦しみを忘れないように。
そして、その憤りを強さに変えるために。
そんな時は、独りであることが好ましい。
強さは孤独を連れてくる。
真の強さとは、切り立った崖の上にしかなく、そこには独りで行くしかない。
もちろん、組織的な強さは必要だ。相手も群れで攻めてくる。計略を練り、連携を磨き、最大効率で迎え撃つべきだ。
戦闘技術を培うために、たとえば『木星』など、訓練相手を求めることだってある。
だが、最終的には個の強さがものを言う。
そうした局面で負けないために、私は独りで、心身を研ぎ澄ます。

瞼を閉じ、風の音に耳を傾ける——敵の気配はない。
ここ最近、ベルリン周辺のD2の動きは沈静化していた。だが、気を抜くわけにはいかない。
D2の発生源と言われる黒夜隕鉄が発見されてから、四半世紀はゆうに過ぎた。
それ以来、人類は撤退戦を強いられ続けてきた。
全世界の主要都市は破壊され、人々は生きる場所を求めて散り散りになっていった。

「私に、もっと力があれば……」

独りつぶやき、拳を握りしめる。
私は、『ワルキューレの騎行』のムジカート。
ムジカートは、D2に対する唯一の対抗手段。そんな私に力さえあれば、これほど悲惨な街の姿を見ることはなかった。人々を苦しませることもなかった。
つくづく、私が『ワルキューレ』の名を冠するとは、皮肉なものだと思う。
ワルキューレとは、北欧神話に描かれる半神半人の女神で、“戦場で死者を選ぶ者”を意味する。
つまり、戦場で“生きる者”と“死ぬ者”とを選別するわけだ。
それは“勝利の女神”か。“死神”か。
人によって、どちらにも見えただろう。
私も同じだ。
私に力があれば、戦局を変える“勝利の女神”となるだろう。
だが、反対に無力なら、人々にとって忌まわしき“死神”だ。
ならば、今の力無き私は、人々にとって……。

「強く——強くならなければ——」

砂利を踏み、当てもなく、ゆっくりと歩き出した。
ムジカートの戦闘力を増大させるコンダクターが生まれてから、もう30年近くになる。
それでも未だに、私はコンダクターとの関係をどう築けばいいのかわからない。
コンダクターとの連携がうまくとれずに負けた戦いもある。
腹立たしいが、自分だけさっさと逃げたコンダクターもいる。
思い浮かぶのは、目の前で消えていったムジカートたちの姿。
なぜだ。
なぜ、私は、自分の力だけで人々を守れないのか。
何がムジカートだ。
何が“戦乙女”だ。
私は、何のためにムジカートとしての人生を選んだんだ。

すると——風に乗って人々の声が聞こえてきた。
さらに歩みを進めると、この荒廃したベルリンの街で、それでも営みを続けている人々の姿があった。

「おーい、どこかに木材余ってないか?」
「うちのでよければやるよ!」

「ちょっと市場に買い出しに行ってくるよ」
「お、一緒に行っていいか? ツリーの飾りがほしかったんだ」

「ねぇ、クリスマスには何が食べたい?」
「何でもいいよ! ママが作ってくれたものなら!」

どこからか料理の匂いがした。きっと芋とキャベツを煮込んだものだ。
とある壊れた軒先には、イチイで編まれた粗末なリースが飾られていた。
人とは強いものだと、思い知らされる。
かつての賑わいこそないが、それでもささやかに、歳事を祝う人々の営みは途絶えてはいない。

ムジカートに課せられた任務はシンフォニカを守ること。
だが、シンフォニカの外にいる彼らを無視することは、私には出来ない。
感謝されようが、されまいが、そんなことは関係ない。
足元に落ちていたイチイの枝をそっと胸に飾り、私はまた街を歩き出す。
すると、行き交う人々が私に声をかけるのだ。

「やあ、戦乙女。メリークリスマス」
「姐さん、夕方には降り始めるらしいっすよ! この傘持っていってください!」
「あっ、その枝。お揃いだ! わたしもほら、イチイの枝ー!」

緊張で強ばっていた自分の顔が、和らぐのがわかった。
張りつめていた心の糸が解けていく。

孤独は、強さの必要条件だと私は考えている。
だが、十分条件では決してない。
なぜなら、強き者の中には、孤独ではない者がこんなにもいるのだから。

私は、最後の一人になっても守り抜こう。
たとえコンダクターがいなくても、そこに守るべき人々がいるかぎり。
私こそ、人類最後の砦。
人々を平和に導く“勝利の女神”。 

私は、彼らに、口慣れない挨拶を返した。

「メリークリスマス。明日も息災で」

ILLUSTRATION NOVEL #05
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