「——Twinkle, twinkle, little star♪
(きらきらひかる小さな星よ)
——How I wonder what you are♪」
(あなたは一体だあれ?)
もうすぐ待ちに待ったクリスマス!
今朝からずっと、大好きな歌を口ずさみながら、お部屋にしまいこんでたお気に入りのオーナメントを探してるの。
ガサゴソ、ガサゴソ……どこにしまったっけ?
一ヶ月くらい前、地上のがらくた市で見つけて、一目惚れして買ったんだ。
「——Up above the world so high♪
(この世界の空高く)
——Like a diamond in the sky♪」
(まるでお空のダイヤモンドみたい)
クリスマスにはあれがなきゃ。
夜空にきらきら輝く、ダイヤモンドみたいなお星さま。
おっきなクリスマスツリーの、たかーいところに飾るんだ!
あ、そうそう、みんなは知ってるかな?
きぃちゃんは『きらきら星変奏曲』のムジカートなんだけど、あれにはもともと原曲があって、それをモーツァルトがアレンジしたんだよ。
もとはフランスの古いお歌で、歌詞もぜんぜん違うんだ。
今きぃちゃんが歌ってるみたいに、お星さまの歌でもなくて。
小さな子が主役の、ちょっとだけ切ない歌なんだけど——。
「あー! あったーっ!」
やっと見つけた!
クローゼットの片隅、大事に木箱にしまってあった、ガラスでできた星の形のオーナメント!
やった、やった!
きっと今、きぃちゃんの瞳もお星さまみたいに輝いてる!
「はー……やっぱりきれー……」
まるで宝石みたい。
飾り紐を指でつまんで、オーナメントを目の高さまで持っていくと、窓から入る明かりを透かして、少しだけ虹色がかって見えるんだ。
……うずうず。
……うずうずうずうず。
「……みんなに見せに行こー!」
こんなにきれいなもの、独り占めしちゃダメだもんね!
きっとみんな、「うわぁ、きれいだね!」って感動しちゃうに違いないよ!
自分の部屋を飛び出すと、ばたばたと足音を立てながら食堂へ急いだ。
あそこならきっと誰かいるもんね。
そしたら、思った通り! テラス席で『運命』が紅茶を飲んでるのを見つけたの!
少し離れた席には、朝食のサンドイッチを食べてる『カルメン』もいた!
「ねぇ、見て見て、運命! これ、きいちゃんのお気に入りのお星さまなんだよ〜!」
まずは運命のところへ行って、その目の前に、星のオーナメントを自慢げにかざして見せる。
そしたら、運命は表情をひとつも変えずにこう言ったの。
「おはようございます。きらきら星」
「う、うん、おはよ……」
期待してた反応が返ってこなくて、なんだか拍子抜け。
だからもう一度慎重に聞いてみる。
「あの、それだけ……?」
「それだけとは?」
「だから! これ! きぃちゃんのお気に入りのお星さまー!」
運命の目の前で、星形のオーナメントを一生懸命振って見せる。
すると、猫みたいにまじまじとそれを数秒見つめた運命は、ゆっくりとカップをソーサーに置いて言った。
「大事なものなのでしょう? そんなに乱暴に扱ったら壊れてしまいますよ」
「〜〜……! そうじゃなくて〜っ!」
思いが伝わらなくて、両手と両足をバタバタさせちゃう。
今、きぃちゃんのおでこのあたりを見たら、眉の間に皺が寄って、アコーディオンみたいになってたと思う!
そういえば運命って、こういうところあるよね。
話がいまいち通じないって言うか、天然さんって言うか……。
すると——コツ、コツ。
後ろのほうから、ハイヒールの音が近づいてきた。
振り返って見ると、浅黒い肌にウェーブのかかった黒髪が特徴のムジカート——『カルメン』がいた。
「あー! カルメンだ!」
「おはよう、きらきら星。今日も元気ね」
カルメンはいつもオシャレだし、確か宝石とかお花とかきれいなものが好きだったはず!
なら、きっとこのお星さまのこともわかってくれるよね!
「ねぇねぇ、見て〜! このお星さまきれいでしょ〜!」
「あら、そうね。だけど、きぃちゃんの方がかわいいわよ? うふふ、じゃあね」
カルメンは、すれ違いざまにきぃちゃんの頭をなでて、ウィンクしながら離れていっちゃう。
空になったサンドイッチのお皿とコーヒーカップののったトレーを返却口に戻すと、足早に食堂を出て行く。
なんだか急いでるって感じ……。まるできぃちゃんのことにかまってられないってみたいに。
どうして? いつもはちゃんとお話聞いてくれるのに。
「では、わたしも失礼します」
「あ、運命……」
すると、運命まで席を立って、片づけた自前のティーセットを持って、食堂を出て行っちゃう。
だからもう食堂には、きぃちゃんだけが、ぽつんとひとり。
「もう〜! なんでみんなお話を聞いてくれないの〜!?」
きぃちゃんだって、このまま黙って引き下がれないんだから!
ずんずんと力強い足取りで、今度は一階へ降りて、別のムジカートを探すと——いた!
エントランス近くで見つけたのは、まるで一文字だって見逃さない、みたいに大まじめな顔で掲示板前を見つめる『ワルキューレ』だ!
「ワルキューレ〜!」
きぃちゃんが手を振って駆け寄ると、ワルキューレはこっちを振り返って、挨拶してくれた。
「……きらきら星。おはようございます」
そして、小さくおじぎする。
ワルキューレは、きぃちゃんにいつも敬語を使うんだ。
どう見たってワルキューレの方がお姉さんだけど、ムジカートとして戦い始めたのはきぃちゃんの方が早いからって、先輩扱いするの。
敬語はやめてよって言ってもやめてくれなくて、そういう超がつくほどマジメで頑固なところが、まさに『ワルキューレ』って感じ!
「ねぇ、見て! これどう? ガラスでできたお星さまだよ!」
挨拶もそこそこに、さっそくお気に入りのオーナメントをアピール!
ワルキューレは、あごに手を当てながら興味深そうにそれを見つめて「これは……」ってうなった。
そしてきらんって瞳を輝かせた。
「その形状……悪くないですね……」
わぁ、いい反応! そうそう! かわいい形だもんねー!
きぃちゃんは嬉しくて、その場でぴょんぴょん跳ねちゃう!
すると、ワルキューレは続けたの。
「その星のトゲトゲにインスピレーションを得ました。新しい武器に“モーニングスター”はどうでしょう?」
「この戦闘ばかーっ!」
思わず叫んじゃう。
どうしてこのきれいなお星さまを見て、武器のこと考えちゃうの!?
ワルキューレは、ばかマジメで、いつも戦いのことで頭がいっぱいなんだから!
そう思ってると、ワルキューレは何か思い出したような顔をして、さっときぃちゃんに頭を下げた。
「では、失礼。行くところがありますので」
そして、きぃちゃんに背を向けて歩き出しちゃう。
「えっ? そんな……もっと話を……」
どうして?
どうしてワルキューレも話を聞いてくれないの?
きぃちゃんはその背中に手を伸ばすけど、立ち止まってはくれなくて。
すると偶然、その先に『こうもり』が通りかかった。
「これはこれは。ワルキューレにきらきら星じゃありませんか。仲の良いことで」
いつものようにおどけた調子。
こういう時は、だいたいきぃちゃんをからかってくるんだけど、今日だけは声をかけてくれたのが嬉しかった。
「こうもり! ねぇねぇ、きぃちゃんのお話聞いてくれる?」
「おっと、お悩み相談ですか? ですが残念。こうもり先生のお悩み相談室はただいま満員でして。予約がとれるのは……そうですねえ、一ヶ月ほど先になるかもしれませんね」
「そんなぁ……」
いつもはふざけて、きぃちゃんを困らせるようなことばっかり言ってくるのに。
どうして今日はかまってくれないの?
「こうもり。軽口を叩いてる暇があるのか」
「はいはい。わかってますよ、ワルキューレ。それじゃ、きらきら星。お利口にしていれば、今度アメ玉でも持ってきてあげましょう」
「もう! きぃちゃんを子供扱いしないでー!」
こうもりは「はいはい」とひらひら手を振って、ワルキューレと一緒にエントランスから出て行っちゃう。
「……」
また、きぃちゃんはひとりぼっち。
どうしてみんな、きぃちゃんの話を聞いてくれないの?
星のお飾り、一生懸命市場で探したんだよ?
かわいいクリスマスの飾りがあれば、みんなも喜ぶかなって。
クリスマスは年に一度のお祭りなの。
家族みんなでおいしいものを食べて、楽しく過ごす日なの。
……きぃちゃんの大好きな日なの。
「きぃちゃんにとって、ムジカートのみんなは家族なのに……」
きぃちゃんに本当の家族はいない。
昔はいたんだろうけど、もういない。記憶も全く残ってない。
だから、ベルリン・シンフォニカのみんなのことを、家族だと思ってたのに……。
「結局、きぃちゃんたちは戦うために集められただけなのかな」
家族ってなんなんだろう?
お父さんがいて、お母さんがいて、お兄ちゃんや妹がいて……。
絵本では見たことあるけど、わかんない。
きぃちゃんは、家族に甘えちゃダメなのかな。
いい大人になって、ただ戦うことだけに集中しなきゃいけないのかな。
そしたら、えらいって誉めてもらえるの?
……家族がほしいよ。
家族なら、きっときぃちゃんのお話を聞いてくれる。
もしコンダクターと契約したら、コンダクターは家族になってくれるのかな?
優しいお父さんコンダクター?
素敵なお母さんコンダクター?
それとも、かわいい妹コンダクターとか、かっこいいお兄ちゃんコンダクター!
想像したら少しだけ楽しくなってきたかも……。
すると、軍服を着た大人の人たちが、どこかの誰かと通信しながら、きぃちゃんの横をあわただしく通り過ぎていく。
「——本日、オーストリアへ向けて出撃するムジカートは『ボレロ』『くるみ割り人形』。そして『こうもり』の3名。同行するコンダクターは現在最終確認中。繰り返す——」
そっか……そうだった。
そういえば今日は、オーストリアへの遠征隊が移動を始める日だった。
だからみんな、その準備で忙しかったんだ。
だから、きぃちゃんの話をゆっくり聞いてられなかったんだ。
特にこうもりなんて、自分が戦いの最前線に向かう日で……。
「おっ? なんだそれ、かわいいな」
「……え?」
ふいに背中から声をかけられて、振り返る。
そこにいたのは『木星』だった。
木星は、きぃちゃんが手に持ったガラスのお星さまを色んな角度から見て、楽しそうな声を上げた。
「ガラスの星? そんなのどこで見つけたんだ? ちょっと見せてよ」
「〜〜……!」
だから、きぃちゃんはとっても嬉しくなっちゃった。
「木星〜〜っ!」
「ちょっと! なんだよ! 急に抱きつくなよ! さっきまでトレーニングしてたから汗かいてて汚いぞ!」
「そんなのいいよ! 木星〜〜っ!」
「だーもう! 頭をぐりぐり押しつけんなってー!」
そう言えば、木星ときぃちゃんは、同じくらいの時期にムジカートとして目覚めたんだっけ。
だから、一番付き合いの長いムジカート。
「しょぼくれた顔するなよ。今日みたいに忙しい日だってある。それに、みんないつもきらきら星のことを気にかけてるさ」
「いつもきぃちゃんのことを……?」
「ああ」
そっか……もしかして……。きぃちゃん、思い出した。
みんな、忙しくて話はちゃんと聞いてくれなかったけど、「今日は遠征日だから」とは言わなかった。
あれは、きぃちゃんに余計な心配をかけないように、そう言わないでいてくれたんだ。
みんな……きぃちゃんのことを考えてくれてたんだ!
なぜかって、それは“家族”だから!
「木星大好き! みんなも大好き〜っ!」
「な、なんだよ急に。そんなこと言われたら照れるだろ……」
やっぱりムジカートは、きぃちゃんにとっての家族だし、シンフォニカはきぃちゃんのおうち!
「これ、木星にあげる! ガラスのお星さま!」
「え、いいのか? 大事なものなんだろ? 前にもお守りをもらったし……」
「いいの! 代わりに、もっと素敵なお星さまを一緒に探してよ!」
まだまだ星を探して、シンフォニカをいっぱいの星で飾りつけよう。
新しい家族——コンダクターが来てくれたときに、ここを素敵なおうちだって思ってもらえるように。
きぃちゃんのことを、素敵な家族だって思ってもらえるように。
そして一緒に、大好きな歌をうたおう!
——『Ah! vous dirai-je, Maman(ねぇ、話を聞いてママ)』より
(『Twinkle Twinkle Little Star(きらきら星)』原曲)
Ah! vous dirai-je, Maman,
(ねぇ、話を聞いてママ)
Ce qui cause mon tourment.
(わたしが悩むそのわけを)
Papa veut que je raisonne,
(パパはわたしに、いい大人になってほしいと思ってる)
Comme une grande personne.
(どこかのえらい人みたいに)
Moi, je dis que les bonbons
(だけどわたしはそんなことより)
Valent mieux que la raison.
(キャンディのほうがよっぽど大事なの)
原案:高羽 彩 小説:石原 宙 イラスト:こよいみつき