ILLUSTRATION NOVEL #02

……なにもかもぶっとばしたくなる時ってのが、誰にでもあると思う。

道で蹴つまづいた石とか、ムカつくやつの顔とか、つまんない義務とか責任とか?
知らないけど、ムジカートじゃなくたって、きっとそうなんだ。

無人のトレーニング室に響くのは、あたしの拳が繰り返し空を切る音。
そして、キュッキュッと鋭く鳴る靴音と、荒い呼吸音。

「……!」

脳内でイメージした仮想敵が、伸び上がるようにして襲ってきた。
あたしの身長の、倍ほどもあるやつだ。
すかさず低いキックで迎撃する。怯んだ隙に素早く背後に回り、両腕でがっちりとその巨体を掴み込んだ。
そして。

「だりゃぁぁああああああっ!」

渾身のバックドロップをお見舞いしてやった。

「ハァ……ハァ……」

あたしは立ち上がり、湧き出る額の汗を腕で拭い、呼吸を落ち着ける。
泥臭い打撃からの無茶な投げ技。
こんな出鱈目な戦い方はムジカートらしくないって、『ワルキューレ』あたりに怒られるかもね。あいつはおカタいやつだから。
けど、あたしは、“なにもかもぶっとばす力”がほしいんだ。

がむしゃらなトレーニングを続けて、気づけば3時間もたってた。
体中が汗でベタつく。筋肉が悲鳴を上げてる。頭だってボーッとしてきた。
あたしはなんで、こんなにも鍛えてんだろ。
体組織がある程度固定化されてるムジカートに、筋トレはあんまり意味がないって聞いた。
ムジカートの訓練ってのは、あくまで動きを身体に覚えさせるためのもの。
体に負荷をかけたって、思ったほどの効果はない。
けど、こうして無我夢中で鍛えてる間は、なんだか安心できるんだ。

「わっ……ととっ……」

足がもつれて、尻餅をついて、そのまま仰向けに倒れてしまった。
無音の部屋に、自分の息遣いだけが聞こえる。
床が冷たくて気持ちがいい。
あたしは大の字になって、ボンヤリと昔のことを思い出した。

戦闘能力が高いとか、肉体派だって、言われてきた。
確かに多くの戦果も上げてきた。
けど、記憶に残ってるのは負け戦ばっかりだ。

そう簡単に死ねない体ってのも難儀なもんで。
イヤな記憶ばっかりが、どんどん溜まってく。
目を閉じると、助けられなかった沢山の人達の顔が浮かんでは消えてく。
たとえば、かつて一緒に戦ったコンダクターとか。
気弱だけど、世話焼きで、気持ちのいいやつだった。

——木星はさ、強いけどだらしないわよね。ほら、洗濯物たたんどいた。
——勝手なことすんなよ! あんたはあたしのお母さんか!?

そんなやりとりをよくしてた。
綺麗な指をしてて、小さい頃はピアニストになりたかったんだって、照れくさそうに言ってた。
曲がったことが嫌いで、困ってるやつを放っておけなくて、だからコンダクターになったんだろうな。

——木星はみんなのヒーローなの。だからちゃんとしててほしくて。
——あたしがヒーロー? ガラじゃないってそんなの。
——ううん。ヒーロー。だって、辛い毎日や恐ろしい敵を一撃でふっとばしてくれるんだもの。

やけにあたしを買いかぶって。
あいつとなら、強い絆を結んで、どこまでも一緒に戦える——そう思ってたのに。

——ごめんなさい、木星。ドジしちゃった……
——何してんだよ! あたしの後ろにいろって言っただろ!
——遠くから、音が聞こえたの。木星の方に向かって、怖くて、気持ちの悪い音が……
——だからってあんたがあたしをかばうなよ! あんたはただの人間だろ!

コンダクターの、胸に空いた傷口から、血が流れて止まらない。
せっかくの綺麗な指が、赤黒く染まってく。
なのに、それとは対照的に、みるみる癒えていくあたしの傷。

——止まれよ! くそっ! なんで血が止まらないんだ!

——息をしろってバカ! 早く! 間に合わなくなるぞ!?

——ちくしょう! なんであんたは人間なんだ!? なんであたしはムジカートなんだ!?

……。

気づくと、目尻が少し濡れているのがわかって、あわてて手の甲で拭った。
変なトコから汗が出た。らしくねー。
あたしは、ぐっと拳を握って、立ち上がった。

考えてる場合か。思い出してる場合か。
あたしは、再びトレーニングを始めた。
この肉体がある限り戦い続ける。
敵が現れたらぶっとばす。

それだけのことだろ。
……それだけのことさ。

ふと思う。
あの時コンダクターに、こちらから“契約”を申し出ていたら、結果は変わっていただろうか。
“契約”はコンダクターから請うもの——そんな慣習、ぶっとばして。

よく分からない。
考えるのは性に合わない。

「あー、もう! こうじゃないだろ、あたしは!」

そうだ。もうすぐクリスマス。
大騒ぎできるぞとか、美味いものがたらふく食えるぞ、とか、あたしはそういうことばっか言ってるやつだっただろ。
よし、たまには『ワルキューレ』でも誘って出かけるか!
間違いなく喧嘩するけど!

あたしはトレーニングの強度を徐々に上げた。
鼓動がスピードを増していく。
また新しいコンダクターに出会ったら、とりあえず訓練に付き合ってもらいますか。
んで、肩でも組んでさ、一緒に飯を食おう。

みんなみんな、あたしに任せとけよ。
木星さんは強いんだ。
孤独も、憂鬱も、人類の敵だって、みんなまとめて、あたしがぶっとばしてやるよ!

ILLUSTRATION NOVEL #02
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