——戦場に必要なものと、いい女に必要なものは似ている。
そう言って、なかなか理解された試しはないわ。
でも、考えてみて。
“武器”。
“健康な体”。
“自分が相手より優れているというメンタリティ”。
どれも必要でしょう?
それに、こんなのも必要ね。
“艶のある髪”。
“魅力的な唇”。
“真っ赤なドレス”に“ハイ・ヒール”。
……このあたりからわからなくなったかしら。
だとすれば、あなたもお勉強が必要ね。
「……ふふ、やっぱり大きなお風呂はいいわ。狭いお風呂は人の心まで狭くするもの」
任務もトレーニングもない、久々の休日。
まだ明るい時間から、広いバスルームでたっぷり半身浴ができる幸せを噛みしめていた。
お湯からあがると、塩で全身を磨き、マッサージしながらシアーバターを丁寧に肌へ塗りこんでいく。
チョコレートやココナッツのような独特の甘い匂い。
落ち着くわ。
ただ甘いだけじゃなくて、苦みや野性を感じさせる、大人の女が素肌にまとう最初のドレス。
キメの細かな褐色の肌が艶を増す。その上を、玉のような汗が滑り落ちていった。
私は、この褐色の肌が好きだった。
——どうして、そんなにも丁寧に自分を磨き上げるの?
——その身体を抱きしめてくれる恋人もいないのに。
そうやって、『G線上のアリア』に腐されたこともある。
だけど、あの子はわかっていない。
私が自分の身体を磨くのは、他でもない、ムジカートとして戦うため。
まだ自分という存在を他人の愛情によってしかはかれないお子さまには、わからないでしょうね。
だけど、私は知っている。
この磨き上げた身体で戦場に立ち、踊るように戦うとき、上質のドレスが自分のなめらかな肌をかすめる快感を——
戦場に舞うのは、血と噴煙、そして敵味方どちらのものとも知れぬ悲鳴と怒号。
絶え間ない爆撃を縫うように、私は身を翻し、D2に狙いを定める。
……撃破。
…………撃破。
………………撃破。
「助かるぜカルメン! これで活路が開ける!」
「よし! 一気に切り崩せるぞ! 遅れるな!」
仲間たちが拳を突き上げ、快哉を叫ぶ。
私はそれに笑顔で応える。
「この戦いに負けはないわ。私がこの舞台で踊り続ける限りね」
なびく髪。翻るドレス。艶めく褐色の肌。
戦場に舞うのは血や土埃ばかりじゃない。この私が舞う。
失ったもののために、情熱に駆られているときの快感を思い出し、私は身震いする。
失ったもの——それは平和。音楽の鳴り響く世界。
それに焦がれ、戦っているときは、訳もわからぬ高揚感が身を包む。
まるで、恋愛の熱に浮かされているときのように。
まるで、愛する人の前で歌い踊るときのように。
戦場にもっとも必要なものは“誇り”だと、私は考えてる。
これからさらに苛烈さを増す戦いのなか、誇るものもなにもなく戦場に立つ者は、あっという間に灰になる。
最後の最後で勝負を分けるのは“誇り”の有無。
あと一度立ち上がれば。あと一発銃弾を撃ち込めば。
その瀬戸際で自分を奮い立たせるのが“誇り”。
だって、誇れない自分なら、そこで死んでしまうことに躊躇はないから。
だから私は身体を磨く。
誇りを持って戦場に立つために。
失ったものを取り戻すために。
そのための武器が、この肌であり、髪であり、ドレスなの。
バスタオルを身体に巻いて、私は、鼻歌まじりに鏡を覗く。
「うん。今日も誇れる私だわ♪」
別のタオルで髪を優しく拭きながら、自然と笑みがこぼれる。
やっぱり私はこれでいい。
「私は平和と音楽のために、この身体を磨いているのね」
ふふ、なんて言うのはかっこつけすぎかしら。
でも、そのくらいの凛々しさは持っていたいのよ。
私は女であり、命をかけて世界を守るムジカートなんだから。
……でも。ふと思う。
「コンダクターには、私はどんな風に見えているのかしら」
D2との戦いにコンダクターが実戦投入されてからもう何年も経つ。
彼らとの共闘にも慣れたけど、飼い慣らされたつもりはない。
いつだって私は私。自分の望みに従って戦うだけ。
もう一度鏡に目をやり、そこに映る自分の裸体を見つめて、私は満足げに口の端を上げる。
「私はカルメン。誰にも手なづけられない女——なーんて♪」
可愛い子だったら、考えちゃうかも? ふふっ。
でももし、私を手なずけられるような子がきたら、そのときは、また新しい私が見られるかもしれないわね。
それは、少しだけ楽しみ。
すると、ガラッとバスルームの扉が開く。
誰かと思えば、バスタオルを体に巻いた『木星』だった。
「うわっ、カルメンいたのか! どんだけ長風呂してるんだよ!」
「……あら」
『木星』は、まだシャワーも浴びていないのに髪が濡れていた。
おそらくトレーニング上がりね。本当に体を鍛えるのが好きな子だわ。
「体をいじめるのもいいけど、たまには癒してあげてもいいんじゃない? あなたも一緒にどう?」
「やだよ! お前、変なぬるぬる塗りたくってくるだろ!」
「もったいない。あなただって磨けばもっと光るのに」
「あたしは今、汗でテカテカなんだよー!」
そんな他愛ないやりとりを交わして。
私は『木星』にバスルームを譲り、着替え終わると、ご機嫌でシンフォニカの廊下を歩いていく。
悠々と、誇りに満ちた足取りで。
原案:高羽 彩 小説:石原 宙 イラスト:NaBaBa